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‘神話’キム・ドンワンのロングラン秘訣

2020/07/25 (土)  カテゴリー/Dongwan

‘オンラインタプコル公園’でかなり大きなウェイトを占めているグループ神話。一時を風靡した多くの歌手が歳月の裏で舞台から消えていく間にも神話は現存する最長寿ダンスグループとして残っている。メンバーの生存法はそれぞれ違う姿だが、キム・ドンワンは自らを軽く叩きながら穀類のようなキャリアを積み上げている。大衆に受けた愛を世の中に戻して存在感を知らせてきた神話そしてキム・ドンワン。彼らの影響力は現在進行形で多くのアイドルグループのロールモデルとして位置を確立した。



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“オルス!”
たったこの一言のためにパンソリを習ったキム・ドンワン。誰でも出すことができる声だと片付ければ多少格別な姿勢だ。ところがキム・ドンワンは“習わなかったら大変なことになるところだった”と話した。合いの手のリズムは多彩だったし、歌を邪魔しない興の世界は知るほど更に深かった。そうかと思えばキム・ドンワンは筆を執るために書道を習った。それも筆文字を書かずにただ筆を執っている場面のために。映画<ソリクン〉に臨むキム・ドンワンの姿勢だ。

<ソリクン>は<西便制>の系統を引継ぐパンソリミュージカル映画だ。キム・ドンワンは没落した家の両班役を担ってソリクン(歌い手)と朝鮮八道を流浪する。最長寿ダンスグループのメンバーがパンソリを選択するとは似合わない組み合わせだ。ところが彼は今回の映画で時代劇に対する長い間の喉の渇きを解消した。
“つまらなくて身なりもみすぼらしい役なのにその感じがおもしろかったんですよ。過去には変身しなければならないようで人々が僕に期待しない役をしたかったです。でも次第に僕が最も上手にできるものを探すことになりました。人々が期待するのをちゃんとやり遂げるならば誰より上手にすることと見えますから。”

歌謡・バラエティ・演技 縦横無尽な20世紀スター

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‘解決士’‘Wild Eyes’等で‘オンラインタプコル公園’で再び人気を呼ぶ神話がデビューしたのも既に20年余り前である1998年。神話は大型企画会社からHOT、SESに続きデビューして2集‘T.O.P’から大きく注目された。チャイコフスキーの‘白鳥の湖’をサンプリングした歌にキム・ドンワンは美しい容貌と優雅なダンスラインをリリースしてチーム内ビジュアルを担当した。‘꽃댕(花デン)’と呼ばれた彼は3集‘Only One’で破格変身を試みた。痩せて筋肉質の上半身を露出して、しっとりとした髪の毛で野性美を表現した。神話は発売するレコードのたびに人気を集めたがデビュー8年目である7集‘Brand New’で初めて歌謡大賞を獲った。デビュー序盤瞬間的に吸入力で短い生命力を持つアイドル特性を勘案する時異例的な結果であった。
神話はチームを長く維持する秘訣でよくケンカしてよく和解するとおおっぴらに話した。これはバンバン叩くのはケミとして発現するが、特にバラエティ番組ではその力が更に光った。JTBCが開局当時<神話放送〉を編成してバラエティの礎石を固めるほどであった。神話のメンバーの大部分がバラエティで頭角を見せたが、その中のキム・ドンワンはとんでもないオヤジギャグを混ぜた機転が利くトークで注目された。ファンクラブ‘神話創造’1期ファンミーティングで“神話は皆さんの人生の責任を負いません”として‘急に空気を冷たくする’演出したエピソードは重ね重ね彼のとんでもない魅力として広く知られる。

キム・ドンワンは神話のメンバーの中で一番最初に演技を始めた。2004年MBCで放映されたドラマ<火の鳥>でエリックが“どこかで焦げた臭いしませんか?僕の心が燃えているでしょう”というセリフでロマンスジャンルの主演に浮び上がったが、キム・ドンワンは神話活動前から端役でドラマに顔を出した。彼の演技特徴はアイドルイメージに閉じ込められないという点だ。2002年KBS2<天国の子供たち〉で本格演技活動を始めた彼は2005年<悲しみよさようなら>で逆境の中でも夢を失わない青年ハン・ジョンウ役を担ったし、2012年KBS1<がんばれ ミスターキム!>では子供4人を育てる未婚の男を演技した。特に日本活動に支障ができることを憂慮して他の俳優が出演を断ったMBC光復節特集ドラマ<絶頂>のイ・ユクサの役もキム・ドンワンは自信をもって消化した。
彼はドラマに終わらずに映画とミュージカルにも領域を広げた。最近では演劇舞台に挑戦して<ラングス〉に出演した。 キム・ドンワンは観客の息まで伝えられる舞台の上でものさびしく演技に集中してその魅力に陥った。これまで台本と状況を深く食い込むほど演技方向がゆがむと考えたがその反対であった。練習を繰り返すほどそこまで発見できない姿が新しく近づくのを感じて演技に対する欲がより一層大きくなった。
“場面ごとに100回ずつは合わせてみました。ところが映画に一緒に出演したキム・ビンチュン先輩は1万回ずつは練習したといいました。僕が今まで演技で大きな非難を受けてはいないが確実に絶賛を受けたこともないんですが、その理由が1万回を満たさなくて演技で魅了させることができなかったのではないだろうかという気がしました。”

自身を世話して満たす術を知っている人

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全ての面で行き過ぎた意欲を見せたキム・ドンワンは田園生活をしながら安定を探して行きつつある。同じ時期に活動したイ・ヒョリが済州で暮らしていく方式と似ている。キム・ドンワンは京畿道の加平の田舎の村で町内の末っ子を自任してお兄さんに農作業を学び村の嫌なことも拒まない。最近は小さい群落を成し遂げて熱心に仕事をする蜜蜂の姿に反して養蜂を始めた。結構素質もあって最近は蜜蜂の巣箱ももう一つ増やした。ここで閑静な生活をしてスケジュールがあればソウルを訪問し、再び単独で京春線を乗って家に帰ってくる。
“<がんばれ ミスターキム!〉に出演する時あまり荷が重くて周辺の勧誘で登山を始めたが、ますますその味を知るようになりました。ある瞬間‘僕が都市で減少だけして生きたんだな’という気がしました。自然に近づくと都市の仕事をちゃんとするのにも役に立ちました。僕を充電したのは良い食べ物、栄養剤、人ではなく自然でした。”
流行に敏感で早く変わる芸能界で22年間活動してキム・ドンワンもやはり危険な時があった。最上の席で人々の歓呼と人気の快感を味わったが原因が分からない不眠症と強迫観念で苦痛を受けることもした。消耗した自身を満たす解決法は遠くにあるのではなかった。彼は自然の中で体を使って仕事をする方法を探していった。登山の他にもサーフィン、ハイキング、岩壁登攀のような趣味を楽しんで他人との競争でない自らを克服する鍛練をしていった。
キム・ドンワンには‘概念芸能人’との別称が付いて回る。自身が正しいと考える所信を淀みなく表わすからだ。そうかと思えば災難状況や疎外階層のために寄付してきた金額が数億ウォンに達する。
現存する最長寿ダンスグループでアイドルの始祖鳥になった神話。キム・ドンワンは“体も心も疲弊されれば離れるはずなのにまだ心の片隅に火が上がってきていつも再整備している”と話す。消えない彼の情熱は自身を世話することができて均衡感を失わない硬い内面から出る。キム・ドンワンは自身の元気なエネルギーが他人かう時もっと大きな力を発揮するという事実を早目に悟るようだ。

出処 : topclass.chosun.com

TOPCLASSという雑誌の8月号の記事のようですね

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